東京地方裁判所 昭和34年(ワ)4856号 判決 1963年4月08日
判 決
東京都千代田区神田富山町八番地
原告
渥美源五郎
右訴訟代理人弁護士
岡田実五郎
同
佐々木熈
同都千代田区神田豊島町二番地
被告
神田駅前商業協同組合
右代表者理事長代行者
河和金作
右訴訟代理人弁護士
荻山虎雄
同
永井恵美太
同
柴義和
同
石田寅雄
補助参加人
木村幸一
同
高橋高治
同
室田広四
同
藤本竹松
同
石川幸七
同
松沢八重子
同
栗原千賀良
同
高橋栄太郎
右補助参加人八名の訴訟代理人弁護士
飯田正直
右当事者間の昭和三四年(ワ)第四八五六号総会決議無効等確認請求事件について当裁判所は次のとおり判決する。
主文
一、第一次請求につき、
被告組合の昭和三四年四月一四日付臨時総会における別紙第一目録(一)記載の決議が無効であることを確認する。
原告その余の請求を棄却する。
二、第二次的請求につき
右臨時総会における別紙第一目録(二)記載の決議を取消す。
三、訴訟費用はこれを十分し、その二を原告の負担とし、その三を被告の負担とし、その五を補助参加人等の連帯負担とする。
事実
一、当事者の求める判決
(一) (原告第一次的請求)被告組合の昭和三四年四月一四日付臨時総会における別紙第一目録記載の(一)及び(二)の決議が存在しないこと(但し、後記二、(四)(チ)の理由によるときは無効であること)を確認する。
(二) (原告第二次的請求)
右決議を取消す。
(三) (被告及び補助参加人)請求棄却。
二、請求の原因
(一) 被告組合は昭和二四年二月二二日商工協同組合法に基いて設立された。神田駅前常設街商商業協同組合(以下街商組合と略称する)を前身とするもので、中小企業等協同組合法(以下法と略称する)の施行に伴い、昭和二五年二月二五日商工協同組合より事業協同組合に組織を変更し、同月二八日、その組織変更の登記を了したものである。
(二) 原告は被告組合の組合員であり、街商組合の発足当時より現在に至るまで理事長の地位にある。
(三) 昭和三四年四月一四日別紙第二目録下段記載の木村とめほか九名の者は東京都千代田区神田豊島町二番地神田繊維会館事務所に会合して、臨時総会を開き、別紙第一目録記載の役員選任決議(以下本件決議と略称する)をなし、同年四月一六日その旨の役員変更登記をなした。
(四) (決議の不存在ないし無効事由)
しかしながら本件決議には、以下(1)乃至(4)に示す瑕疵があり、そのうち(1)乃至(3)はいずれもそれ自体で決議不存在の事由となり、(4)の瑕疵は決議無効の事由となるものである。
(1) 本件決議は非組合員による決議である。
被告組合の定款(甲第六号証の二)第三条には、「本組合の地区は神田鍛治町二丁目及三丁目の区域とする」旨、また、その第八条には「本組合は当地区内において営業する者を以て組織する」旨各規定している。
従つて、組合の右指定地区で営業していることは、組合員たる資格の存続要件であつて、右地区内における営業を廃止するときは組合員たる資格を喪失するものと解すべきである。しかるに、本件決議に参加した前記木村とめほか九名はいずれも昭和二六年一〇月末日までに右地区内における営業を廃止したから、本件決議当時は組合員ではない。
ちなみに、被告組合が街商組合を改組して成立した当時の組合員は合計一四三名であつたが、その後、昭和二六年一〇月末日までに殆んど全部の組合員は右地区内の営業を廃止し、本件決議当時まで地区内の営業を継続して、組合員たる地位を保有したものは、別紙第二目録上段記載の原告ほか七名である。
(2) 本件臨時総会を招集した理事会の決議は不存在であり、臨時総会の招集通知をした室田広四には招集権がない。
被告側の主張によれば、本件臨時総会を招集するため、まず室田広四、坂井義雄、藤本竹松、荒木友太の四名が理事会を開き、本件臨時総会を招集すべきこと、ならびに、右招集権を室田広四に委任すべきことを決議したというのであるが、右四名の者は、当初いずれも理事であつたがその後昭和二六年一〇月末日までに組合を脱退したため理事たる資格をも失うに至つたものである。従つて右四名による臨時総会招集の決議は不存在である。
加うるに、かりに理事会が適正に行われたとしても、招集権は理事長たる原告にあるのであつて、原告以外の者のなした招集は効力がない。被告側においては、室田広四は専務理事であつたので、原告に代つて招集した旨主張しているが、同人は当初より平理事であつて専務理事ではなかつた。かりに同人が専務理事であつたとしても理事長たる原告になんらの事故もなかつたので同人は招集権を代行できない次第である。
(3) 本件臨時総会の招集につき組合員に対して通知がない。
被告側の後記主張によつても明らかなとおり、招集通知は非組合員たる木村とめほか九名に対してなされ、真実の組合員たる原告ほか七名(別紙第二目録上段の者)にはなんらの通知がなされていない。
(4) 法第三五条によれば、理事のうち三分の二以上は組合員の中から選任しなければならないのに、本件決議によつて選任された理事(別紙第一目録参照)は全部非組合員である。この点からしても本件決議は少くとも理事選任に関する部分については無効である。
(5) (取消事由)
かりに上記の各主張が認められないとしても、本件議決には以下示すような取消の事由がある。
(1) 本件議決には非組合員が加わつている。
被告組合の組合員の資格に関する原告の所見は(四)の(1)に記載するとおりであるが、仮りに被告主張のような事情から神田繊維会館が被告組合の共同施設として建築されたことに鑑み被告組合の定款第三条に規定する指定地区が同会館にまで自動的に延長拡大され、本来の指定地区における営業を廃止して同会館内において営業を営むに至つた者も亦被告組合の組合員であるという見解が採用されるとするならば、この意味において組合員と認めうる者は、木村とめほか九名(別紙第二目録下段記載)のうちでは、小林利英、岡村タケ、高橋栄太郎の三名であり、他にこれに該当する者として原告がある。つまり、組合員資格について右の第二次的所見によるときは本件決議当時の組合員は、別紙第二目録上段記載の八名と右に述べた三名の合計一一名である。はたしてそうだとすると本件決議は組合員一一名のうちの三名の組合員と七名の非組合員によつて決議されたことになる。
(2) 本件臨時総会の招集手続については、通知洩れの組合員がある。
前段に述べたところからして明らかなとおり、被告組合の組合員は一一名となるべきところ、そのうち別紙第二目録上段記載の八名の組合員に対しては臨時総会の招集通知がなされていない。
(3) 臨時総会の招集についての適法な理事会の決議がなく、招集権のない者によつて招集通知がなされている。
本来この事由は決議の不存在事由に属するので、(四)の(2)において不存在事由として述べたのであるが、万一、理事会の決議の適法性と室田広四の招集権限のうちいずれか一方が是認され、その他方が否定された場合には取消事由となるので、これを第二次的に取消事由としてここで主張する。
三、請求原因に対する認否(被告、補助参加人共通)
(一) の事実は認める。
(二) の事実中、原告が理事長であることは認めるが、組合員であることは否認する。
(三) の事実は認める。
(四)の(1)については
原告の組合員資格に関する所見は争う(後述)。木村とめ外九名が定款第三条の指定地区における営業を廃止したことは認める。
その余の事実はこれを争う(後述)。
(四)の(2)については、
理事会に出席した四名の理事のうち藤本竹松を除く三名の理事が理事会開催当時までに組合を脱退したことは認めるが(その脱退時期は室田広四は昭和二七・九・二二、荒木友太は昭和二六・一二・三〇、坂井義雄は二六・九・一五)、いずれも法第四二条が準用する商法第二五八条の規定によつて理事としての権限を持つていたものである(その他の点は後述)
(四)の(3)についてはこれを争う(後述)。
(四)の(4)については本件決議当時木村幸一及び室田広四が組合員でなかつたことは認めるが、その余は争う。
(五)の(1)ないし(3)はすべてこれを争う。
四、被告及び補助参加人(以下被告側と略称)の主張
(一) 本件臨時総会を招集するに至つた事情
原告は被告組合発足当初からの理事長であるにかかわらず、
(1) 組合定款第二九条に定める通常総会を発足以来一回も招集していない。
(2) 自己が組合財産を横領した事実の発覚を恐れ、法第四〇条に規定する事業報告書その他の決算書類を通常総会の会日の一週間前迄に監事に提出し、主たる事務所に備えつけておかなければならないのに設立以来一回もこれを実行していない。
(3) 組合員からの再三の請求があつたのにかかわらず、役員の任期満了後六年間も改選の手続をしていない。
かくの如く、原告は理事長としての義務を果さず、自らその地位を放棄して顧みないので、組合は自衛上止むなく専務理事室田広四をして臨時総会を招集させ、本件決議をなすに至つたものである。
(二) 本件決議の適法性
昭和三四年四月三日専務理事室田広四は理事会を招集し、同人ほか理事坂井義雄、藤本竹松、荒木友太が参集した席上、同年四月一四日に被告組合の臨時総会を招集すべき旨並びに右招集手続を専務理事室田広四に行わせる旨を決議し、右決議に従つて室田広四は同日当時の組合員全員(別紙第二目録下段記載の者)に対し同年同月一四日午後一時役員改選のため神田繊維会館事務所において被告組合の臨時総会を開催すべき旨の通知(乙第五号証の一)をなし、右通知に予定された日時場所において被告組合員全員出席のうち本件役員選任決議がなされたもので、右決議にはなんらの瑕疵もない。
(三) 被告組合の指定地区、組合員資格等について、
(1) 被告組合は、登記簿上、既存の神田駅前常設街商商業協同組員の組織を変更して成立したものとされているが、以下(2)(3)に述べる事情の推移に徴するときは、従前の街商組合は自然消滅し、被告組合が新たな組合として発足したものというべく、従つて街商組合当時の規定をそのまま踏襲した定款第三条(指定地区)、第八条(組合員の資格)の規定は被告組合の成立により失効したものとみるべきである。
(2) すなわち、街商組合は被告組合定款第三条に記載する神田鍛治町二丁目及び三丁目の公道上で露店営業をしている者一四三名を組合員として昭和二四年二月二二日成立したものであるが、その後昭和二四年八月マツカーサー司令部より東京都当局に対し、昭和二五年三月末日までに公道上の露店を撤去するように指令が発せられ、これに応じて昭和二四年九月東京都知事、警視総監、消防総監の連名をもつて、都内露店業者に対し、昭和二五年三月末日までに公道上の露店(但し、宝くじ、新聞の販売店、靴磨きは整理の対象から除く)を撤去するよう、またその後は露店を許可しない旨の通知書を発した。かくの如く露店の撤去は確定したのであるが、元来露店業者は零細な商人なので、その更生援助を必要とするところから、東京都は昭和二五年二月「東京都臨時露店対策部」を設置し、都内に一二〇箇所の代替地を選定し、従来の露店業者に対して協同組合を結成して右代替地に集団移転することを勧め、右集団移転の希望者に対しては商工組合中央金庫より共同店舗の建設資金の借入方を斡旋し、他方露店を廃業して個人として他に別途生業を営もうとする者に対しては国民金融公庫より厚生資金の貸与を受けられるように斡旋することとした。
(3) 東京都の上記対策の趣旨に則り被告組合の前身たる街商組合の組合員中には国民金融公庫より厚生資金を借受け転廃業をした者もあつたが、都から代替地の払下をうけ集団移転を希望する者七八名(但し、補助参加人は九二名と主張)は相結束して、被告組合の創立総会を開き、被告組合を創設した。しこうして、被告組合は昭和二五年一〇月二五日付契約により東京都から代替地として、浜町川埋立地先二五九坪余(現在の千代田区神田豊島町二番地)を三九九万余円で払下をうけ(五年賦払)、昭和二六年二月及び同年七月の二回に亘り商工組合中央金庫より合計一一四〇万円を借りうけて、昭和二七年七月中に神田繊維会館という名称の下に被告組合の共同店舗が完成した。
しこうして、前記集団移転の希望者は会館が竣工する頃までには大部減少し、昭和二七年五月会館内の店舗の割り当てをうけたのは三五名であり、その後同年七月末日まで現実に入居したものは一八名であつたが、その後本件決議当時までにうち八名が会館を去つて組合から脱退し、本件決議当時において会館を利用して営業等をしているものは別紙第二目録下段記載の一〇名となつた。
(4) 以上の経緯からして明らかなとおり、従前の街商組合は被告組合の発足により自然消滅し、被告組合は代替地に集団移転する希望者のみを組合員として発足したのであるから、その後竣工した神田繊維会館内において現実に営業している者のみが被告組合の真実の組合員というべきであつて、かりに、原告主張のように、定款第三条の所定地区内において営業をしている者があつたとしても、これを目して組合員となすべきではない。
なおまた、被告組合の定款によれば、組合員一人の出資は一口五〇〇円、第一回払込二〇〇円となつているが、昭和二七年四月に八万円、昭和二九年一月に二〇万円、同年一〇月に二四万円とそれぞれ変更し、各組合はこれを組合員に積立て支払つて来たが前記木村とめほか九名以外のものはその脱退に当り右出資金の返還をうけたものであり、木村とめほか九名については石川幸七が二四万円のうち八万円を支払い、他は二四万円づつ完済となつているものである。
五、被告側の主張に対する原告の認否(省略)
六、証拠(省略)
理由
一、請求原因(一)及び(三)の事実並びに原告が被告組合の創立当初からの理事長である点については当事者間に争がない。
本件主要の争点は、本件決議当時の組合員は誰々であつたかという点にある。この点については、まず被告組合の組合員の資格要件ということを判断する必要がある。原告が組合員であるかどうかという争点もこのことにより自ら解明される。
二、指定地区についての解釈
原告は被告組合の定款第三条、第八条を根拠として定款第三条の所定地区たる神田鍛治町二丁目及び三丁目で営業していることが組合員としての資格要件であるということを前提とし(従つてもと組合員であつたものもこの指定地区における営業を廃止した場合は組合員たる資格を喪失して組合より法定脱退すると主張する)、本件決議当時なお前記指定地区において営業していた者は、別紙第二目録上段記載の八名だけであつて、これらの者だけが組合員である旨主張するに対し、被告側は、事実の項四の(三)に記載するような経緯から、被告組合の組合員資格に関する右定款の規定は効力を失つた旨並びに、被告組合の当初の組合員は神田繊維会館に入居を希望した七八名のみであり、このうち六八名が脱退したから、決議当時の組合員は別紙第二目録下段記載の一〇名であると主張する。
よつてこの点につき、判断するになるほど、中小企業協同組合法(以下法と略称する)によつて成立した組合の資格要件は定款の記載事項であり(法第三三条)、その変更については、総会の議決を必要とすることはもちろん、行政庁の認可をうけなければその効力を生じない(法第五一条)ものであるところ、弁論の全趣旨によれば前記定款第三条、第八条の規定についてはこれらの変更手続が全くなされていないので、組合員資格に関する原告の主張は一般論としては正しいものと言える。しかるところ、被告組合は従前存在した街商組合を改組するという形で発足したこと、後者が公道を利用した露店業者等を組合員としていたこと並びに事実四の(三)の(2)(3)に記載する露店撤去についてのマツカーサー司令部の覚書が出されて後被告組合に神田繊維会館が出来上るに至るまでの経緯(但し、五において原告において一部争うところもあるが)の大筋は当事者間に争がない。しこうして、これらの争のない事実に、(証拠―省略)を綜合するときは、被告組合は従来三、四百人の露店商を擁していた街商組合を事実上解消して、従来の組合員のうち将来組合のため東京都から払下げられる代替地における共同店舗に入居することを希望する者等を主体とする一四三名をもつて昭和二五年二月二五日に発足したものであること、しこうして、その後、東京都から現実に土地払下をうけた昭和二五年一〇月頃には右希望者は漸次減少して九〇名位となり、これらの者が代替地払下の代金債務及び商工組合中央金庫からの借入金債務につき組合のため連帯債務者となつたこと、しこうして、神田繊維会館が竣工した昭和二七年七月より一、二ケ月前頃右会館内の共同店舗の割当てをうけたのは三五名の組合員であつたことが認められる。
そこで、前記争のない事実と右認定の事実を綜合するときは、被告組合としてはその改組発足の当初から組合の指定地区を早晩変更せねばならぬ事情にあつたし、その代替地の地番と払下が確定した頃には当然指定地区に関する定款の規定を変更すべきであつた。しこうして、現実には法定の手続を経てこれを変更していなかつたにしても、上記のところによつても分るとおり、被告組合が事業協同組合として新発足したのは、被告組合の所轄行政庁たる東京都が露店撤去の対策として打出した方針の結果であり、また神田繊維会館という被告組合の共同施設が誕生し、現に従来の組合員の一部(その員数は後に認定)がここで営業を営むことができるようになつたのも東京都の方針ないし援助の結果であるという事実に徴するときは、被告組合の定款第三条の指定地区に関する定めは、こと組合員の資格問題に関する限り、事情変更の原則により、所定の明文に一の修正を加えて解釈するのを正当と考える。しこうして、修正の態様として、当裁判所は被告側の主張――神田繊維会館のみを指定地区とする――よりもむしろ原告の第二次主張を採り、指定地区は右事情の変更により本来の指定地区を延長ないし膨脹して神田繊維会館の建物内にまで及ぶに至つたものと解するのを相当と思料する。けだし、このように解釈することにより東京都の行政指導に基いて神田繊維会館に赴いた従来の組合員の地位を護ることができるとともに、被告組合改組発足当時の組合員のうち代替地に集団移転を希望せず、また組合から脱退することなく従来の指定地区で営業を続けて来た者の組合員たる地位を剥奪するという不当な結果を回避することができるからである。
三、被告組合の組合員の確定
次に右の前提に立つて本件決議当時の組合員を具体的に判断する。
(一) まず、本来の指定地区(神田鍛治町二丁目及び三丁目)に営業をしていた組合員は誰々かという点につき考えに、(証拠―省略)並びに弁論の全趣旨を綜合すると、原告が第一次的に組合員であるとして主張する八名(別紙第二目録上段記載)のうち柏玄之吉を除く七名の者がこれに該当する。
註一、原告主張の柏玄之吉は昭和三一年一二月一〇日死亡、(成立に争のない乙第一二号証参照)
註二、被告側主張の出資金なるものは、定款上の出資金ではなく共同施設たる神田繊維会館に入居希望者が組合から優先的割当使用を認められるために支出した積立金であると解する(参照定款第一九条、二〇条、法第三三条、第五一条)。従つてこの積立金を出していないから、或は返還をうけたからと言つてこのことだけを捉えて組合員たる地位を否定することはできない。
(二) 次に決議当時神田繊維会館内において営業していたという意味合において組合員と認めるべきものは誰々かという点につき考える。
この点に関し、神田繊維会館竣工後店舗の割当をうけて入居のうえ営業を始めた組合員として当事者間に争のないものは被告側が組合員として主張する一〇名(別紙第二目録下段記載)のうち石川幸七を除く九名であり、かかる意味合において組合員として当事者間に争のある者は石川幸七と原告本人渥美源五郎の二名である。もつとも、原告本人については(一)において既に組合員たることが認められたのでこの点の判断は省くこととする。
しこうして、原告は、神田繊維会館において、営業を始めたことにつき当事者間に争のない前記九名のうち、木村とめ、岡安宗一、高橋高治、藤本竹松、松沢八重子、栗原千賀良の六名は決議当時割当店舗を他に賃貸していたから組合員たる資格を失つたものであり、また石川幸七は当初から営業していないから、この意味において組合員ではないと主張する。
よつて、原告のこれらの主張の当否につき判断するに、(証拠―省略)によれば、右六名はその割当店舗を他人に賃貸して一時賃料を取つた事実が認められるが、他方、(証拠―省略)並びに弁論の全趣旨に徴するときは、右六名は店舗賃貸により自己の営業を全く廃止したものとはいまだ認め難く、むしろ他人との共同経営、乃至は会社形態を利用しての運営ないしは一時の休業をしたものと解するのを相当とするので、たとい賃貸の事実があつても組合員たる資格は失わなかつたものというべきである。
次に、石川幸七については、(証拠―省略)並びに弁論の全趣旨によれば、同人はもともと被告組合の従業員であり、なるほど会館に入居したが、それは被告組合の事務に従事するため入居したのであり、独自の店舗はもちろん、独自の営業は当初から有しなかつたものと認められるので、同人については組合員たる資格は認め難い。
(三) 以上(一)(二)を綜合すると本件決議当時被告組合の組合員であつたものは、別紙第二目録上段記載の者のうち柏玄之吉を除くその余の七名と同目録下段記載の者のうち石川幸七を除く九名で合計一六名ということになる(このことはは本件臨時総会招集当時においても同断)。
四、請求原因(四)の(1)及び(3)についての判断
本件決議当時における組合員の氏名員数についての上記認事実と本件総会招集の通知をうけた者及び本件決議に参加した者の氏名員数についての争のない事実(事実の項四の(二)及び五参照)とを綜合すると、本件総会については、全組合員一六名のうち九名の組合員(別紙第二目録下段中石川幸七を除く九名)と非組合員一名(石川幸七)に招集通知が発せられ、これら一〇名の者が決議に参加したこととなる。かかる事実関係からすると原告の請求原因(四)の(1)及び(3)の点は決議不存在事由としては理由がないことに帰する。
五、請求原因(四)の(4)についての判断
原告の主張によれば、本件決議によつて選任された理事六名(別紙第一目録参照)は全員が組合員ではなかつたと主張するが、上記認定によれば、右六名中木村幸一、室田広四、及び石川幸七の三名は組合員でなくその他の三名は組合員であることが認められる。すなわち原告の主張事実は全面的には認められないのであるが、この点についての原告の主張の本旨は本件決議は法第三五条第四項にいう「理事の定数の少くとも三分の二は組合員(または組合員たる法人の役員)でなければならない」という制限に違反するということに帰するものと解せられるので、この観点から原告の主張の当否を判断する。しこうして右条項にいう理事の定数とは同法第三三条、第三五条の解釈上定款に記載された理事の定数を指すものと解すべきところ、被告組合の定款第二二条(成立に争のない甲第六号証の二)には「理事三人以上」と定められているのみで確定数を定めていないので、被告組合の「理事の定数」をいかに解すべきかは一応問題である。しかしながら法が理事の定数を定款に記載することを要求し、この定数の三分の二以上は理事でなければならないと定めた趣旨は、一方組合の運営に能力識見のある者ならばたとい組合員でなくても理事に選任できる余地を残すとともに、他方組合員の希望ないし意見をできるだけ組合の運営に反映させようとするもので、この後者の目的実現の保障として組合員たる理事の員数の最少限度を理事定数の三分の二としたものと考えられる。したがつて、法の予想する定数とは本来確定した数字たることを要するもので、もし本件において定款に三人以上という表現があるからと言つて法第三五条第四項の定数を三人と解するならば、同条項の企図する前示保障機能は著しく薄弱なものとなつて法の企図するところを十分全うしえない憾みがある。だから、本件のように「三人以上」という定めのなされた場合は、三人以上という制約のもとに現実に選出された理事の数をもつて右条項にいう定数と看做すのが妥当な解釈であると思料する。さて、かかる前提解釈に立つときは本件の決議においては現実に選出された理事六名のうち組合員から選出されたものは三名だけであるから、本件決議のうち理事選出に関する部分は法第三五条第四項に違反し、結局法今違反の無効の決議と認めるのほかはない。したがつて原告の第一次的請求中理事選任に関する部分については理由がある。そこで以下本件決議中監事の選任部分につきさらに判断する。
六、請求原因(四)の(2)についての判断
(一) よつて次に、室田広四に本件臨時総会の招集権があつたか否かの点につき判断するに、(証拠―省略)並びに弁論の全趣旨を綜合すると、昭和二五年四月室田広四は被告組合定款第二三条第二項に規定する専務理事に選任せられたものと認めるのを相当とする。しこうして、上記各証拠のほか(証拠―省略)並びに弁論の全趣旨を綜合すると、原告は理事長の地位にありながら各役員の任期満了後(満了時期は昭和二八年四月一四日)本件決議当時まで六年間も後任役員の選任手続を放置しておき、その間前認定のように指定地区等に関する定款変更をしなかつたことはもちろん、その会計処理もあいまい不明朗を極め、神田繊維会館内の使用権についても自らその大部分を必らずしも公正とは認め難い手段方法によつてこれを自己の支配内に収めたこと(この最後の点に関する原告本人の供述には納得是認できないものがある)、かくして被告側主張の組合員等より漸く理事長不信任の声が強まつて来たこと等の経過を認めるに十分である。このような状態にある以上、原告は自らその理事長たる地位を放棄したものと被告側が主張するのも洵に無理からぬ次第であつて、かかる事情下において、組合員から原告に対して臨時総会開催の要求があるにかかわらず、原告がこれに応じなかつた本件においては、専務理事室田広四が理事長の職務を代行して理事会を招集し、その決議のもとに本件総会を招集したことはなんら違法のかどはないものというべきである。
(二) しこうして、原告は「かりに室田広四が専務理事であつたとしても、本件総会招集当時理事長たる原告には病気その他の事故がなかつたので、本件の場合は定款第二三条第二項にいう「理事長に事故あるとき」という場合には該当しない。従つて、室田広四には理事長の職務代行権がなかつた」と主張するのであるが、組合の民主的合理的運営を企図する中小企業等協同組合法並びに被告組合の定款等の諸規定の法意に徴するときは、上記認定のように組合理事長たる原告が自己の職責を放棄して顧みなかつた以上、本件の場合は少くとも「理事長に事故ある場合」に準ずる場合として専務理事に代行権限があつたものと認めるのを相当とする。
(三) しこうして、このように室田広四に職務代行権が認められる以上、かりに室田広四の招集した理事会の構成等につき原告所論のような瑕疵があつたとしても(それが決議取消の事由になることは別論とし)、その瑕疵は本件決議の不存在事由とはならない。
(四) なお、原告は室田広四は昭和二六年一〇月末日組合を脱退したから、理事たる資格もこの時喪失した旨主張するので、(原告は、昭和二七年法第一〇〇号による改正前の法第三五条によれば、組合員たる資格を失えば理事たる資格を当然失うべきものであり――この点当裁判所も同意見――この場合には同法第六九条によつて準用される商法第二五八条第一項の規定は適用ないものと主張する)、さらにこの点につき判断するに、(証拠―省略)を綜合すると室田広四が組合を脱退したのは神田繊維会館の入居者のための場所割を決定した時期より後であることが明らかであり、右場所割りの時期は同年五、六月頃であつたものと認められる。はたして、そうだとすれば、同人の脱退時期は理事の資格に関する改正法第三五条(昭和二七年法第一〇〇号、現行法も同じ)の施行時期たる昭和二七年五月一日以後に属するものと認められるので、改正前の旧法の適用を前提とする原告の右主張は失当というのほかはない。
七、請求原因(五)の(2)について
よつてさらに進んで原告主張の取消事由のうちまず(5)の(2)の点につき判断するに、前認定のように本件臨時総会招集当時の組合員は上記三の(三)において認定したように、別紙第二目録上段記載の者のうち柏玄之吉を除く七名と下段記載のうち石川幸七を除く九名の合計一六名であるところ、専務理事室田広四が、本件臨時総会を招集するに当り同目録上段記載の右七名については招集通知をしなかつたことは当事者間に争がないので、本件臨時総会はその招集手続において法令違反の瑕疵があり、したがつて本件決議のうち監事選任に関する部分は、その他の点を判断するまでもなく、右理由の下に結局取消を免がれないものというべきである。
八、むすび
よつて、原告の第一次的請求中理事選任に関する決議の無効確認を求める部分を認容して、その余の部分を棄却し、第二次請求については監事選任決議の取消を求める部分を認容し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九二条、第九三条を適用し、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第八部
裁判長裁判官 長谷部 茂 吉
裁判官 伊 東 秀 郎
裁判官 近 藤 和 義
別紙第一ないし第六目録(省略)
(仮処分異議事件判決)
昭和三四年(モ)第八二三八号 仮処分異議申立事件
昭和三八年四月八日言渡
判 決
債権者渥美源五郎
右訴訟代理人弁護士岡田実五郎
佐々木熈
債務者木村幸一
同高橋高治
同室田広四
同藤本竹松
同石川幸七
同松沢八重子
同栗原千賀良
同高橋栄太郎
右債務者八名訴訟代理人弁護士飯田正直
右当事者間の昭和三四年(モ)第八二三八号仮処分異議申立事件につき当裁判所は次のとおり判決する。
主文
一、当裁判所が昭和三四年六月一五日同年(ヨ)第二〇二二号仮処分申請事件につきなした仮処分決定(別紙第一目録参照)は、これを認可する。
二、訴訟費用は債務者等の負担とする。
事実、理由(省略)
東京地方裁判所民事第八部
裁判長裁判官 長谷部 茂 吉
裁判官 伊 東 秀 郎
裁判官 近 藤 和 義
別紙第一目録
昭和三四年(ヨ)第二〇二二号
仮処分決定の要旨
本案確定に至るまで、
一、債務者木村幸一は債務者神田駅前商業協同組合の理事兼代表理事の職務を、債務者高橋高治、同室田広四、同松沢八重子、同藤本竹松、同石川幸七は債務者組合の理事の職務を、債務者栗原千賀良、同高橋栄太郎は債務者組合の監事の職務を執行してはならない。二、前項の職務停止期間中、
理事兼代表理事の職務を行わしめるため河和金作を理事の職務を行わしめるため荻山虎雄、永井恵美太を監事の職務を行わしめるため石田寅雄を
各職務代行者に選任する。
第二ないし第六目録<省略>